推すということについて
超絶多忙の中で頭に浮かんだものを言語化していきたいと思います。
推し活。
少し前から流行り、現在では一般的になった言葉です。
オタク活動=推し活と捉えられることも多くなりました。

推すって何?
推し活とは、アイドルや俳優、アニメのキャラクターなど、自分にとって「推し」である人物やキャラクターを応援する活動です。イベント参加やグッズ購入など、さまざまな方法で推しを応援します。
Google AIによる概要
Googleに推し活と打ち込むとこのような説明が出てきます。
初めに言っておくと、私はこの言葉が嫌いです。
表面だけを受け取ったファッションのように感じるからです。
ただ、私のオタク活動はこの言葉を否定しきれないのも感じています。
今回はその言葉と向き合ってみたいと思います。
自分の経験
前述した通り、私は推し活という言葉が嫌いです。
現在ではある程度自分もそれを行なっていると言い切れるほどに迎合しているところはありますが、昔はそもそも『推し』という言葉から忌み嫌っていました。
これが何故嫌いかというと、真っ当な言語化はできないのですが、なんとなくファッション的に聞こえるのが嫌いです。
ただ、これが世間で流行っていると言う事実は知りながらも、それを大っぴらに発言することは避けていました。
それは恥ずかしさではなく、ただただ単純にダサいと思っていたからです。
それが変わったのはおよそ4年ほど前でした。
きっかけはオタク仲間と話している際に、わかりやすく伝える為に言った「俺が推しと呼べる人はやなぎなぎさんだよ」(実際にそんな発言をしたかは定かではないが)。ここからなんとなく自分の中で「推し」と言う言葉を使うハードルが下がりました。
当時24歳だった私は、当時でも8年ほどやなぎなぎさんのファンをしており、当然「好き」という気持ち自体は前からもあって、その想いは凄く強いと確信していたのですが、ひとまず「推し」と定めると、そこからまた世界は深まりました。
自分はこれが好きなんだ。それをそのまま服を着るように自分に着飾ってみると、これが案外居心地がいい。
自分はこれが好きなんだと言う気持ちを大っぴらにしていると、自分を出せている気がする。
昔の私はこの気持ちを見下していたのですが、いざやってみると抜け出せない。
『推し』を『推す』ことは自分らしいことなんだと感じれるようになって、より加速度的にその沼に入り込んでいった気がします。(これはたまたまそのタイミングがやなぎなぎさんのメジャーデビュー10周年のタイミングで、毎月ライブ+フェスに出演といったタイミングであったことも影響がある)
ただ、自分の活動を『推し活』だと感じるようになって改めて自分のオタク活動を振り返ってみると、意外とスッキリと整理できるような気がする。
コンテンツ、あるいはアーティストに対して、自分はこのアーティストについてはこれぐらい好きだ、このアーティストを推すことは自分らしさに近いかもしれない、なんて考えて自分のオタク活動を整理することが出来たように思います。
今では推しを宣言することは自己紹介である。とすら考えています。
実際、自己紹介をする際、オタク(広義)は自分の推しを述べることが多いのではないでしょうか。(ここで言う推しはあるいは作品かもしれないし、ジャンル、はたまた楽曲かもしれない)
例えば、やなぎなぎが好きだと言えば、なんかちょっとニッチな曲が好きそうだな、とか。LISAが好きだったら2010年代のアニソンが好きそうだなとか、それだけでその人の人柄が見えてくるものだと思います。
考えて見れば、同じものを好きな団体で差別化出来る要素なので、それが自己紹介の一部になることは、言われてみれば「それはそう」となる話なのですが、けれども推しをファッション化している一例でもあります。
でも、それをオタクが大衆化した文化なんだなと感じることが出来たので、『推し』という言葉とは和解出来たような気がします。
さて、ここまでは私が『推し』という言葉を受け入れるまでの過程を書いてきました。次に、私がどのようにして『推し活』を行なっているのかの実例を書き記したいと思います。
現在、私が推しと言う言葉を使えると感じている対象は4つあります。
それは「やなぎなぎ」「岡咲美保」「Exstreme hearts」「ラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ」以上4つです。
それぞれに対して、私は別の推し方をしていると思います。
今回は、その内でも個人である「やなぎなぎ」、並びに「岡咲美保」の私の推し方を整理し、伝えてみたいと思います。
やなぎなぎ
私にとって、やなぎなぎさんは神様です。
これは比喩ではなくて、は言い過ぎかもしれないけれど、でも私のやなぎなぎさんの推し方をまとめるのであればやはり神様という言葉が適切ですし、そういう自覚を持っています。
ーーー神様。
みなさんはこの言葉を聞いてどのようなものを浮かべるでしょうか。
一番大きなものでいうと宗教だと思います。
宗教と言えば、聖書があって、そこにはその神様が何をしたのかが記されている。信者はそこから学び、自分のこれからの行動を決めていく。
私にとって、その聖書がやなぎなぎさんの楽曲になります。
私はやなぎなぎさんの曲を聴き、その曲からメッセージを受け取ります。
それに共感して、時にはその思想の根本から変化することもあります。
そこにはやなぎなぎさんがそういった期待を裏切らない人でいてくれるだろうという信頼も混じっている訳なのですが。
そんなところも含めれば、私はやなぎなぎさんのやることなすこと、その全てを全肯定していると言えます。
そんな推し方(信仰?)を含めて私はやなぎなぎさんを神様として崇めている訳です。
こうありたいと言った思想をいつだってくれる
岡咲美保
さて、次は岡咲美保さんです。
私にとって岡咲美保さんは理想的なアーティストです。
私は楽曲が好きで、そしてライブがとても好きなのですが、彼女のライブはその好きなものの、さらにその好きな要素が全てが詰まっています。
やなぎなぎさんとは違って私は岡咲美保さんを神様だと崇めていなくて、傲慢な言い方をするのなら、心地のいいライブ空間を作ってくれる仲間のような感覚でいたりします。
私は岡咲美保さんのことを広義的な意味で愛していますし、また、岡咲美保さんもオタクのことをとても好きでいてくれています。その相思相愛関係があるからこそライブ中に言葉を介さないコミュニケーションがあり、だからこそライブがとても温かい(むしろ暑い?)ものになります。
そう言ったものがあり、とても好きな場をくれるアーティストとして推しています。
ライブの中でならなんだって話せる気がする
『推し活』ってなんなんだ
詰まるところ、推し活ってなんだんだろう。
結局これ、となる一つの答えはないと思います。
人それぞれの推し活象があり、それは推す対象によっても変わるということ。本当にごまんと種類があると思います。
ただ言いたいことは、ライブに行くこと、グッズを買うこと、それをひけらかすこと、それだけが『推し活』でないということ。
むしろ、私はそうでない『推し活』をしていきたい。(もちろん、アクスタを買って〇〇、〇〇だよ......とすることはとても楽しい)
『推し』と決めたものに向き合って、理解して、出来れば会話をしたい。
果たしてそれが『応援』だと言えるかどうか。
私は、『推し』を理解することは、むしろこれ以上ない応援なのではないかと思う。
名前をつけたら誰か見つけて
今じゃなくても
何百年あと
私がいなくても
距離も、立ち位置も、その全てが遠くてもその活動からメッセージを受け取って、何かを返すその活動を、私は『推し活』の最上級であると私は思いたい。
結局、私にとっての『推し活』の話になってしまいましたね。
ただ、『推し』という存在とどう向き合っていけばいいかわからない人がこの文章を読んで、少しでも支えになればいいなと思います。
アクアテラリウム
初めに
本記事はあまのはつむぎ〜新居昭乃・やなぎなぎ ふたりライブ〜にて感化されて書いたショートショートの置き場になります。
本編で感じたものを盛り込んだ内容なので無関係ではないですが、ライブ全てを網羅しているようなものではないので、不思議な立ち位置のものです。
また、私はやなぎなぎさん側の熱心なファンですので、作品中に出てくるモチーフは全てやなぎなぎ文脈に属しますし、私の解釈も多く含まれているので読む人が読まないとわからないものだと思います。
どこに置くべきかわからなかったので、ここに置かせてください。
アクアリウム
白クリーム色の世界。縁取りは淡く、ゆらゆらと曖昧だ。
その世界には他にもたくさんの色があり、赤とか黒とか、暖かい色を始め、青のような綺麗なものも散りばめられている。
私は人間に飼われている魚で、飼い主(私は彼女をご主人と呼んでいる)は絵を描いて生計を立てていた。
そういったものはここで作られていて、ここはさながら絵描き工房と言ったところか。
私はその机の裏に置かれていて、ご主人のアートが作られていく様を特等席で眺めることができる。
そしてそれが、私の世界の全てだった。
劇的な変化はなく、カタン、とか、コトンとか、紙の捲れる音、擦れる音。ご主人のくしゃみの音。そんな、ありふれた音だけがある暖かな停滞。
そんなご主人の作る絵には暖かさが多く含まれている。
きっと、本当に心優しい人なのだろう。弱い人なのだろう。ご主人は大木のようにゆっくり歩き、こちらに寄ってくる。
水槽が震える。何かを問いかけているのだろう。
「何を話しているの?」
何かを伝えようと口を開けば、出ていくのは泡だけ。
私とご主人の間には空気がない。言葉も常識も通じない。
本当は落ち込んでいる時には「大丈夫だよ」と伝えたい。嬉しい時には一緒に喜びたい。
あなたを一番知っているのは私だ。私たちは多くの時間を共に過ごして、私はご主人の気持ちの心情を事細かに見分けることができるようになった。
ご主人の一番の理解者は私だ。
そう驕ったところで、それを誰かに伝えることはできないけれど。あるいは、そもそも私よりももっとご主人を理解していて、私は井の中の蛙なのかもしれない。最も、私は水槽の中の魚なのだけれど。
だけどそんなことはどうだってよかった。
経緯はどうあれ、私はご主人のことが好きだった。ご主人が生み出す作品の、その全てを愛していた。ご主人の感じる痛み、苦しみ、喜び。それに至る感情。それら全てを見て、考えて、解釈して、その全てを愛している。そしてそれは将来、どのようなことがあろうと、この信頼は裏切られることがないだろうという確信がある。
だから、それを誰かに伝えたかった。
伝えなくちゃ、いけなかった。
「———」
ノイズに混じる知らない言葉。ただその言葉が悲しいものであることはわかる。
その絵が、表情が、その悲しみを背負っている。
泡を吐く。伝わらなくても伝えたくて。
———ご主人様、私がいます。私じゃ孤独は癒えませんか?
テラリウム
それはまるで絵本のような、美しい魚。
その魚は“エメラルドグリーン・コリドラス”と言って、美しい翡翠の鱗を持っていて、小さな水槽の中を漂っている。
実のところ、私もそれについてはあまり知らない。
こう言ってしまえば無責任のように聞こえるが、それは元々私が飼っていた物ではないからだ。この魚はお気に入りの珈琲店で飼われていたのを眺めていると、少々強引に押し付けられてしまった。
餌の与え方としばらく分の餌を持って、「餌がなくなったらまた来てくださいね」だと。無責任なのかそうではないのか、イマイチわからない。
ただ、その魚の容姿があまりにも美しく、気に入ってしまったので、結局は飼うことにした。
悩んだ末、水槽は工房に置いた。(私は美術家をしていて、自分で描いた絵画を売ることで生計を立てている)そこは私が最も落ち着く場所だった。
どうしてそうしようと思ったのかはわからない。理由は今でも考えている。でも恥ずかしさが勝らない限りはそこから離れることはないだろう。そしてそう言ったことは、起こり得ないだろう。なんだかんだ、私はそれに心を許しているようだった。
水槽は私のアートの特等席に置いていて、いつも作品が出来上がる過程を見てくれている。
それは当たり前のことだ。それは魚で、水の中でしか生きられない。当然言葉は通じない。
もしも言葉を話せるのなら声をかけてくれるのだろうか。
時折考える。答えは、わからないが回答だった。
「ねえ、あなたは何を考えるの?」
もちろん、答えは返ってこない。時折口から出てくる泡の中に答えが聞こえてくるだろうか。
でも、いくら耳を澄ませたところでそれが聞こえてくることはなかった。
当たり前だ。分かりきっている。
いくら自慢の絵を見せたところで、そんなものは自己満足。私が嬉しいと感じるものを見せたってそれは喜んではくれないし、理解してくれない。言葉は通じないし、そもそも違う生き物だから当然だ。
アートなんて人間だけがわかる文化を理解しろという方が無茶だろう。
じゃあ、どうして私はそれに絵を見せているのだろう。
ひとりぼっちの寝室で考える。
胸の内の、埋まらない空白。それを追い求めることは哲学者のやることだと思っている。
けれど、それを追い求めている。言葉は苦手だから、絵を描いている。
絵を描いて、誰かに気がついて欲しいなんて身勝手に願っている。
その正体を本当は、知っている。
きっと私は、孤独を癒して欲しいんだ。誰かに私の考えを聞いて欲しい。例え伝わらなくても、誰かにこの孤独を共有したかった。けれどもっと欲を言うのなら、どうかこの孤独を理解してもらいたかった。私の気持ちに、そうだねって相槌を打って欲しかった。
私は寂しかったんだ。
私に友人はいなくて、あるのは家と、工房だけ。
そこに誰かを入れる勇気もない癖に、誰かと繋がっていたいんだ。
たった一つ、あの子を除いては。
あの子、空白と名付けた魚には、一つの決め事がある。
それはその空白が埋まった時に、新たに名前を付け直すということ。
工房に足を運ぶ。渾身の作品達を一瞥して、水槽の前に立つ。
「ねえ」
その口から泡が出てくる。不思議と、コミュニケーションを取りたがっているように感じた。
「私はあなたを分かりたいの」
それは本心だった。空白は私の、唯一の友人のようなものだった。
すると空白は後ろを向いて、ポーズをとった。それはどこか見覚えがある。
———一度、空白を描いたことがある。それはその時のポーズだ。本当に言葉が通じているのか、そんなもの、信じられる訳もないけれど、不思議と信じることができた。
「あなたは私の作品になってくれようとしているんだね」
そういうと、不思議と空白が頷いてくれたような気がした。
それで思いついた。
あなたに相応しい名前は———
2023年個人的ベストアニメソング10選
お久しぶりです。
表題の通りです。備忘録として
1.命火
私が贔屓にしているアーティスト、やなぎなぎさんからは命火がランクイン。この曲はアニメ「最果てのパラディン」のOPテーマとなっている曲で、一昨年の「標火」から繋がっている曲となっています。
標火で編曲を担当していた照井順政さんがついに作曲として参戦。照井さんの有名な変態的な作曲力を遺憾無く発揮しており、非常に難解な楽曲が誕生しました。
その変態さたるや、歌うのが難しいばかりでなく、曲にノるのすら難しいほど。(初披露時は観客がペンライトを触れない事態が発生した)
しかし、ただ難しいだけでなく、カッコ良さや、一度理解してしまえばクセになるリズム、それを歌いこなくやなぎなぎさんの歌声が相まって、非常に魅力的な1曲に仕上がっています。
2.マスカレイド
天羽友梨 (CV:大橋彩香), 風祭瑠璃 (CV:田所あずさ)
作詞:中原徹也 作曲:半田彬倫
本楽曲はメディアミックスジャズコンテンツ、swing,singの楽曲です。
本コンテンツはジャズをテーマにした楽曲重視のコンテンツで、本楽曲はその中でも特にジャズっぽい曲の1曲。
ジャズのオシャレさと、クラップの楽しさとで、単純ながらも音楽の楽しさを体感できる1曲に仕上がっています。
余談ですが、このコンテンツ、いい意味で難解な楽曲が多いので、楽曲派の皆さんは是非一度きいてみてください。
3.青のすみか
今年の一般人も知っているアニソンで言えば一番好きなのがこの曲。
歌のキタニタツヤさんはヨルシカのベースをしていたり、sajou no hanaのメンバーであったこともあり、私の好きな琴線を見事に触れてきています。
作品のテーマに沿っていそうな感じがありながらも(筆者は呪術廻戦未視聴)、曲単体としても魅力的で、偏屈さの混じった王道をきちんと作り上げてきているのが本当に偉い一曲。
サビ前のリフが好きで、それだけでもご飯三杯は食べれちゃいますね。
4.Paraguraider
夏アニメ「夢見る男子は現実主義者」OPテーマ。
この曲は所謂「俺ガイル」、「青ブタ」のような青春ラブコメラノベOPにおける王道の完成系のような楽曲だと思っています。
始まりからBメロまでの心地の良い疾走感、サビの突き抜けた歌声に、緩やかなサビ終わり、その全てが青春のいい所を耳に届けてくれます。
また、本楽曲は石原夏織さんのMVも凄く出来がよく、楽曲の良さを最大限活かした絵を見せてくれます。(特にサビ付近の快晴の空の中に佇む石原夏織さんの絵はこれ以上ない絵だ)
5.シュークリーム・ファンク
作詞:COMiNUM・kaz 作曲 :kaz Kuwamura ・Kentaro 編曲:Kentaro
マッシュル-MASHLE-のエンディングテーマ。あまりにもキャッチーな始まり、オシャレ過ぎる曲調・展開に楽しさが終始付きまとう楽曲。アニソンとしても、アイドルソングとしても楽しいは正義! あまりにも完璧過ぎるあまりエンディング映像がこの曲に引っ張られているのは笑いましたが、それほどまでに魅力の詰まった一曲となっています。
6.ヒロガリズム
石井あみ・吉武千楓
作詞:六ツ見純代 作曲・編曲:ハマダコウキ
プリキュアの曲らしい。
嘘です。よく知ってます。今年初めにハマっていたひろがるスカイ!プリキュア!第1クールエンディングテーマです。
子供むけらしい簡単なダンスと、聴くだけでも楽しいリズムが同居した王道ソング!
とりあえず聞けば楽しくなれるのは本当にいいですね。
7.Jump Into the New World
Liella! 作曲:宮嶋純子 作曲:水野谷裕
ラブライブ!スーパースター!からはこの一曲。
Dialogue+の「やばきゅんシューベルト」を彷彿とさせるフュージョン味のある始まりと、終始強い酒のようなEDMが幅を利かせている1曲。え?この曲超有名メディアミックスコンテンツのアルバム表題曲なんですか? え?、新体制の象徴曲? マジデ......
ソロパートは音も強ければライブでの演者のダンスも凄く、全力で楽しむには体が足りない!と悶えさせられてしまう。
この曲に限らず、このアルバムの曲はオシャレでダンサブルな曲が多く、私の好みを直球に撃ち抜いてきていましたね。(他だと影遊び、不可視なブルーとかは本当に刺さりました)
蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ
作曲:Kanata Okajima、Hayato Yamamoto 作曲・編曲:EFFY
今年大躍進の新コンテンツ、ラブライブ!蓮ノ空女学院 スクールアイドルクラブからはこの楽曲。この楽曲が初期から存在するのマジ!?!?!?!?
取り乱しました。
この楽曲は蓮ノ空の始まりのシングルの、まさに始まりを象徴する楽曲。
コンテンツの顔としてはDream Belibers!!があり、そちらが真っ当な”全体曲”をしているとはいえ、あまりにも攻めすぎているこの楽曲。
ライブで聞いても強い上、サビがとてもオタ芸しやすい曲調をしているのもポイント。
どんな状況でも強い曲がいつでもやれるコンテンツは強い!!!!!!
9.ド!ド!ド!
みらくらぱーく 作詞:ろさ 作曲・編曲:山本玲史
またまたラブライブ!蓮ノ空女学院 スクールアイドルクラブから、ユニットの一つ、みらくらぱーくを象徴する1曲。
みらくらぱーくの曲調は本楽曲の歌詞にもある通り”楽しいが一番!”のスタンスで作られているドカ騒ぎソングが多いです。私もそういうの、大好きですが、ここにランクインしたのにはもう一つ理由があります。
それが文脈。このド!ド!ド!、ドカ泣きソングだと言ったら信じられるか......?
おーりゃりゃーどーりゃーりゃー
信じられる訳ないよな。でも本当にドカ泣きソングなんだ。信じてくれ!!!
この曲は”ド”級の!”ド”カ泣き!”ドカ騒ぎソングなんだ!!!!!
そう、この楽曲、こんな曲調をしながらも文脈で泣ける楽曲になっている。しかし、物語を知らずに歌詞を見てもただバカ騒ぎする為の歌詞にしか見えない。
この楽曲のミソはそこだ。
この楽曲は完全にドカ騒ぎソングだ。泣く為の要素は見当たらない。しかし、泣けるのだ。完全に、物語の文脈のせいで。
この塩梅が凄い。このド!ド!ド!、聞けばオタクが泣きながら飛ぶ。
泣くというのは楽曲にこれ以上なく心酔している証拠だ。その状態でブチ上がるとどうなるか......
正直、これだけで蓮ノ空に触れる理由になると思う。
この麻薬を吸った以上の気持ちの高鳴りを、是非とも体験して欲しい!
10.Link to the FUTURE
スリーズブーケ&DOLLCHESTRA &みらくらぱーく
作詞:畑亜貴 作曲:LiCu、古河夕 編曲:EFFY
今年最も強いソング in 2023!!!
年の瀬ギリギリ、12月31日から見てもわずか3日前に生まれた楽曲が優秀の美を飾りました。
まずは簡単に本楽曲を解説します。
本楽曲は上記から述べていますラブライブ!蓮ノ空女学院 スクールアイドルクラブの、最新楽曲であり、ストーリー1期の総決算のような楽曲となっています。
蓮ノ空は3つのユニットが存在し、それぞれを軸に活動しているのですが、その3つのユニットが3つのユニットのまま1つのグループとして存在する為の曲で、まあ割と無茶苦茶なことをしている曲です。
この曲の文脈が強いということは蓮ノ空を追っている人間からすれば自明であり、追いかけていない人間にもある程度重要な曲であることは察していただけると思いますので、割愛します。
本楽曲の特徴は、この曲がストーリーありきの変則的な曲でありながら単体としても非常に完成度の高い楽曲であるということです。要するに変態楽曲ってコト。
この曲はコンセプトが3つのユニットの味を残しながらも一つの楽曲にまとめ上げるということなのですが、その構成が1番、2番がわずかに変わることで、多種多様な展開を作り出すことに成功しており、初見では予測できない楽しさを味わうことができます。
また、曲調事態が楽しく聴けるようにチューニングされており、何も知らない状態でも多福感の多い楽曲として成立しています。
これだけ完成度の高い楽曲に文脈が乗る訳ですからそれはもう、とてつもない破壊力になる訳で......あとは察していただけると助かります。
以上、2023年に出会った最高ソング達でした。
2024年もいい楽曲に出会えるといいな。それでは!
※執筆時点で2024年を迎えました。
Tieredという楽曲のお話
みなさんこんにちは。お久しぶりです。
気が付けば2023年も1/4が終わってしまったらしいです。恐ろしく早い......
さて、そんな本日3月31日は、逢田梨香子さんのアルバムCurtain raiseの発売から3周年の日になっています。
そんなCurtain raiseには、私が愛してやまないアーティスト、やなぎなぎさんが逢田梨香子さんへ提供した曲Tieredが収録されています。
この曲はやなぎなぎさんが作詞作曲した曲の中でも特に好きな一曲となっています。
今日はそんなTieredについての話をしたいと思います。
Tieredについて
まずはこの曲がどんな立ち位置の曲なのかを説明していきます。
Tieredという楽曲は逢田梨香子さんの1stアルバムであるCurtain raiseのアルバムに収録されている11曲目の楽曲になっています。このアルバムは全部で12曲収録されているので、トリの1つ前の曲となります。
作詞、作曲ともにやなぎなぎさん。
逢田梨香子さんがやなぎなぎさんのファンで、是非なぎさんに歌詞を書いて欲しいとオファーしたことで生まれた楽曲だそうです。
なぎさんは曲を作るにあたり、梨香子さんのパーソナルな部分について話を聞きたいと話を伺い、そこで裁縫が趣味という話に目をつけて、そこから梨香子さんについて掘り進めていって生まれたのがTieredという楽曲になります。
Tieredに込められた物語
まず初めに、このTieredにはどのようなことが描かれているのか辿っていきたいと思います。
Tieredの歌詞は幼い少年が憧れのお姉さんにドレスを贈るものになっています。
歌詞は少年の視点で描かれていて、ドレスを作る過程で憧れの人への想いを募らせ、その想いを伝えるべきかどうかを思い悩む過程が愛おしく描写されているのが魅力的です。
Dメロからの劇的な展開は破裂しそうなほどに高まる憧れと理想に葛藤を抱く大サビには人の心を大きく揺さぶる魔力が秘められています。
結末がどうなったのかはぼかされていますが、これがまた良くて(なぎさん的)結末が視聴者の想像に委ねられています。その道の舗装がどちらともに当てはまるようにけれどもあからさまではないのが上手いですね。
Curtain raiseの中のTiered
Curtain raiseの文脈とTieredの役割について
さて、そんなTieredは逢田梨香子さん初めてのアルバムCurtain raiseに収録された訳ですが、このアルバム内でのTirerdはどのような立ち位置になっているのでしょうか。
Tieredは全12曲中11曲目に収録されています。その為、アルバム中でも山場の立ち位置に存在していると考えられるでしょう。
Curtain raiseでは、逢田梨香子さんのパーソナルな部分を曝け出すような曲が多く収録されています。アルバムで初収録された楽曲の中でもMirror Mirror、ME、光と雨は特にその気が強く、アルバムのテーマを支える骨組みとなっています。
そんな逢田梨香子さん自身の魅力を辿った先に待っているTieredはこれまでの曲とは違い、物語要素の強い曲となっています。
そしてそこでは逢田梨香子さんがモチーフの”憧れのお姉さん”が登場します。
この楽曲はアルバム中で提示されてきた逢田梨香子さんと演じることの関係を汲み取りながらも、それを物語に落とし込むことによって歌の中で”演じる彼女”を物語上のものとして表現することに成功しています。
これはCurtain raiseの表現してきたものの総括......むしろ発展系とすら言えるのではないでしょうか。
二つの立場のアーティスト
さて、そんなTieredですが、この曲が表現する文脈には二つの立場のアーティストが関わることで成り立っています。
二つの立場のアーティスト。それが役者と作り手です。
この内、役者の方には逢田梨香子さんが当てはまります。
では、クリエイターは誰でしょうか。ここで言う作り手は作詞・作曲を手がけているやなぎなぎさんが当てはまります。
やなぎなぎさんは歌手でありながら作曲も手がける所謂シンガーソングライターで、その中でも特に物語を歌にすることに長けている方です。
(昨年12月に発売されたやなぎなぎさん6枚目のアルバムはまさにその極地ともいうべき作品で、歌を紡ぐことで万人が楽しめる物語を作った上、制作の過程までも提供しようとし、ファンを楽しました)
Tieredはそういった作り手が作った物語を役者が演じるという構造が歌という媒体の中で成り立っています。
この距離は永遠だけど
きっと誰よりも一番に
君のこと飾ってみせるよ
↑上記の歌詞がとてもわかりやすいですね。
作り手と役者の距離感、それから作り手が役者に送るその気持ちがストレートに表現されています。
このように役者と作り手の関係性、それがこのTieredを魅力的足らしめている要素であり、ひいてはCurtain raiseの文脈をさらに昇華させる答えになっているのだと思います。
セルフカバーTiered
さて、Tieredにおける作り手と役者の関係について話たところで、やなぎなぎさんの歌うTieredについてもお話をしたいと思います。
やなぎなぎさんの歌うTieredはやなぎなぎさんの10周年記念アルバムRoundaboutの限定版に収録されていて、そこで聞くことが出来ます。
このRoundabout限定版ではやなぎなぎさんが他のアーティストに楽曲提供をした曲を自身でセルフカバーしたトラックが4曲収録されています。
Tieredはこの内の2曲目に収録されていますが、Tieredのみ、楽曲の雰囲気を大きく変化させる程のアレンジが加えられています。
では何故Tieredだけにここまで大きなアレンジが加えられているのでしょうか。
これもおそらく先程の話、つまり役者と作り手の話が関係していると考えています。
セルフカバーアレンジでは少年が憧れる優しくも気高い女性像が一転、優しい母親のような歌い方、及び曲調となっています。まるで伝達された物語に想いを馳せるような、あるいは過ぎ去った出来事を振り返っているような、そんなアレンジです。
これは(歌唱力とはまた別の問題で)やなぎなぎさんが歌えないからということではないかと考えています。
では、何故歌えないのか。
それも先ほどと同様、演者と作り手の構図が関係していると思います。
元々のTieredはやなぎなぎさんが逢田梨香子さんに提供した楽曲です。つまり、逢田梨香子さんの楽曲ということです。それはイコールで演者の曲だということになります。
そして、先ほど述べたようにやなぎなぎさんは作り手側のアーティストです。
なのでやなぎなぎさんはこの曲をそのままでは歌うのは違うと判断し、大幅なアレンジを加えたのではないでしょうか。
実際にRoundabout版のアレンジは物語を客観的に捉えていると感じるような作りとなっています。これであれば物語の語り部の立場でTieredの物語を紡いでいるので、やなぎなぎさんは作り手の立場に立ったままTieredを歌うことに成功しています。
歌詞について
次に、この曲の歌詞についての話をしましょう。
先ほども述べた通り、Tieredの歌詞は物語仕立てとなっています。
それは憧れのお姉さんにドレスを作って送る少年の物語。少年はお姉さんに対し、明確に好意を抱いているものの、それを伝えることはせず、お姉さんを一番綺麗に着飾ることで、特別な想いを思い出の中に刻み込もうとするというものです。
お姉さんは逢田梨香子さんがモチーフとなっており。歌うというものになっています。
さて、この曲なのですが、逢田梨香子さんをモチーフにした楽曲でありながらも、歌詞にはやなぎなぎさんらしい要素がたくさん詰め込まれています。
少年という視点について
この物語で目を引くものの一つとして、憧れる側の人間が少年であることが挙げられます。これはおそらく手癖のようなもので、やなぎなぎさんが歌詞の主人公を描く際、それが大人である場合は主人公は女性となりますが、それが子供であった場合、その主人公は少年と描かれることが多いことから来ていると思われます。
そう考えると、この楽曲はなぎさんの視点から逢田梨香子さんを見た歌詞とも言えるでしょう。けれどなぎさんがそのまま物語の中に登場するという訳でなく、あくまでも得意な視点から参加するに留まっているように見えます。その辺の線引きはしっかりとされているところも含めて、やなぎなぎさんのこの曲に対する思い入れが感じられていいですね。
アクアテラリウムとTiered
次はこの歌詞についてです。
ティアードに潜ませている
微かな想い
見つからなくてもいい
あの日のまま
記憶の中 鮮やかに綴じておけるなら
これはサビの歌詞になります。
ここではアクアテラリウムと同じものを感じることができます。
アクアテラリウムという曲は陸の生き物が海の生き物に恋をする話が描かれています。ですが、その想いは物理的に伝えることが出来ず、陸の生き物は海の生き物を思うだけで幸せだよねという結論に至って終わります。
ここの「好きという想いは抱えているだけで幸せ」という特有の思想はTieredのサビでも表れていると感じることができます。
また、恋をする相手との間にどうしようもない溝があるという点でもこの曲は関連しています。アクアテラリウムではそれが生活圏、Tieredは年齢差となっています。
なぎさんの歌詞で描かれる恋愛観は距離があるものが多く、断絶した中でどれだけ繋がれるのか、もしくは伝わらなかったり叶わなかったりしてもそれをどれだけ愛せるかに焦点が当てられている気がします。
ナッテ
Tieredの歌詞の節々からは「宝物」という言葉が連想されます。
実はこの「宝物」もなぎさんの歌詞のテーマの一部です。
特に、4番目のアルバム「ナッテ」はまさにその宝物をテーマにしたアルバムです。
そしてこのナッテというタイトルは綯うという言葉のもじりになっています。綯うというのは「よりを掛けて縄などを作る」という意味で、裁縫に近いものとなっています。
もしかしたら裁縫から連想したものとしてアルバム「ナッテ」の要素が採用されたのかもしれませんね。
あの子は次亜塩素酸の匂い
あの子は次亜塩素酸の匂いという曲があります。この曲にはTieredがあったからこそ生まれたのではないかという疑いを持つことが出来ます。
これはTieredが発表された直後(Curtain raise20/3/31、あの子は次亜塩素酸の匂い 20/4/9)に突如としてYoutubeにアップされた曲です。
やなぎなぎさんは突き抜けてクリエイターな方なのでスーパークリエイトタイムみたいなものがあって、本当に遊びで作られた曲がポンと上がったり、明らかに早すぎるスピードで
そして、その近くにはなぎさん自身の活動の中で大きな出会いがあることが多いです。
わかりやすいのはアクアテラリウムのCPで収録されたmnemonicという楽曲で、これは明確にアクアテラリウムを経て書かれた曲となっています。
次亜塩素酸も時間があった時にやりたかったことをやってみたと話されていますから、Tieredで膨らみすぎたものの一部が形になったものかもしれません。
少なくとも憧れの女性が出てくるという点では似たようなものを感じることが出来ます。
こちらはTieredよりはもう少しだけ勝機のある恋を楽しめるのかもしれません。土俵が近いかどうかの差ではありますが........
ライブでのTiered
Tieredは4度披露されたことがあると認識しております。
1.Curtain raiseのライブツアー
2.やなぎなぎPFCイベント
3.10th記念ライブビルボード大阪
4.10th記念ライブRoundabout vol5(逢田梨香子さんゲスト回)
この内、3を除いたものはCurtain raiseに収録されたverが基調となっています。(3はおそらくなぎさんのもの)
1.Curtain raiseのライブツアー
こちらはアルバムとは違い、10+1曲中5曲というライブの真ん中の位置での登場となっています。
このライブツアーでは、逢田梨香子さんが白と黒、2つのドレスを身につけることが印象的な公演となっていて、Tieredはその白のドレスを着る最初の曲となっています。
これはTieredの歌詞中で送るドレスが白であるからです。
また、着替え中の間に特殊イントロを流し、さらに逢田梨香子さんの映像を流すことによって、Tieredへの導入を確実なものとしていきます。
そうして満を辞して披露されたTieredは、まさに完璧の一言。完璧な"憧れの女性像"として目の前に広がるそれは、アルバム中で空想した逢田梨香子さんそのもの。
現実に見る物語と現実の融合は正に声優のライブでしか味わうことの出来ない貴重なものでした。
2.やなぎなぎPFCイベント
こちらは2021年に行われたものになります。こちらではTieredを含む4曲のセルフカバーを聞くことが出来ました。
こちらはあくまでもファンサービス的なカバーなのでアレンジは入ってないです。
そんな訳でなぎさんアレンジではないTieredを聴ける珍しいチャンスとなっています。
3.10th記念ライブビルボード大阪
こちらは聞いていないのでわかりません.......感想ください。
4. 10th記念ライブRoundabout vol5
こちらはやなぎなぎさんと逢田梨香子さんが一緒に歌った回となります。
この回で注目したいのは二人の衣装について。
逢田梨香子さんは曲をイメージした白のドレス(ライブツアーCurtain raiseとはまた別)なのに、対し、なぎさんは田舎の娘が着ているようなワンピースちっくな衣装となっていて、歌詞中でいう少年を(あるいはクリエイター側を)イメージした衣装となっています。
Tieredを歌っている間、逢田梨香子さんの姿勢が終始真っ直ぐに伸びていて、思わず「これがプロか......」と思ってしまいました。
こちらもこちらでTieredに込められた文脈に寄り添った素晴らしい演奏でした。
総括
このようにTieredはやなぎなぎさんらしい要素をふんだんに織り交ぜられられています。
しかし、それはやなぎなぎさんが歌う為のものではなく、やなぎなぎさんの属性である作り手ではなくむしろ表現者に向けての曲となっています。
逢田梨香子さんがやなぎなぎさんの大ファンだということも考慮すれば、Tieredという楽曲は作中で男の子が憧れのお姉さんへと送るドレスそのものだと言うことができ、この楽曲に込められたやなぎなぎさんらしい要素は彼女を魅力的に仕立てるTieredといってしまって差し支えないでしょう。
このTieredという楽曲は曲単体としての完成度もさることながら、収録されたアルバムの最も大事な部分に配置されるに相応しい楽曲であり、かつその要素が歌詞の中でも現実でも成り立っている、多面的に魅力溢れる楽曲であることがわかります。
また、やなぎなぎさん自身もその曲に対して真摯に向き合っていて、その思慮深さはセルフカバーから存分に読み取ることが出来るようになっています。
このように作り手が発揮する楽曲の制作に関する魅力から、演者が発揮する圧倒的なまでの世界観の出力。その受け渡しを味わうことが出来るのがこのTieredという曲となっています。
皆さんも二人の表現者が関わることで生まれたこの隠れた怪作Tieredについて深く触れてみてはいかがでしょうか。
それでは。
Extreme Hearts 楽曲で語るRISEとアイドル
気がつけば年の瀬ですね。
今年の私はとても多くのアニメを見た年でした。
着せ恋、明日ちゃんの冬に始まり、春は虹学2期、夏はリコリコやシャインポスト、 Exstreme Hearts、そして冬はDIYやぼっちざろっくと、高校以来のアニメ視聴数かもしれません。(今年以外のアニメも何本か見ている)
中でも今年は特にExstreme Heartsにハマった一年でした。
Exstreme Heartsは明らかな盛りすぎな世界観(アイドル+スポーツ+近未来)と、序盤の駆け足すぎる展開という、ある種失敗するアニメの王道を通りながらも、真っ直ぐで手に汗握る熱い展開と、アニメ外での展開(SxSxS、ブログ)で補完、もしくは掘り下げられる関係性がとても心地の良いアニメでした。
そんなExstreme Heartsの本編はスポーツ8割、日常1割、アイドル要素1割といった構成となっています。日常に関してはSxSxSやブログで保管されていますが、アイドル要素に関して手薄になっていると思われがちです。
しかし、Exstreme Heartsはこのアイドル要素を楽曲によって補完しています。
それはアイドル的な要素だけでなく、主人公陽和がアイドルと向き合っていく過程、そしてシンガーとして成長していく過程を見ることが出来る作りとなっているということです。
今回は主人公、葉山陽和さんの楽曲に焦点を当て、RISEとアイドルの関係について追っていきましょう。
ソングライター葉山陽和について
さて、それでは簡単に葉山陽和の歌手活動について簡単に纏めておきましょう。
葉山陽和は中学時代にソロシンガーとしてデビューしていて、現代で言う歌上手い大賞みたいな番組に出演した経緯を持っています。
作中序盤(高校2年生)で事務所から契約を打ち切られてからは芸能人大会『Extreme Hearts』にソングチームRISE(途中でアイドルチームに変更されている)として出場し、歌方面と野球での外野全般を担当しています。
今回紹介する楽曲は全て彼女が作詞作曲をした曲となります。
楽曲
ソロシンガー時代の楽曲
まずはシンガーソングライター時代の曲について
葉山陽和さんのソロ楽曲はプロ時代に4曲。それから未発表楽曲が1曲あります。
僕たちが聞けるのはその中でもデビュー曲である”青空で逢えるよ”と未発表曲"名もなき花”の2曲です。
・青空に逢えるよ
まずは「青空に逢えるよ」から。
この楽曲はおそらくは作詞作曲は葉山陽和で、応援ソングとなっています。
また、本楽曲は彼女の音楽性であるバラード調の楽曲とギター1本で歌い上げる彼女の実力が如実に現れている楽曲でもあります。
応援ソングとは言っても、この時点では陽和が咲希と出会っていないこと、また故郷の北海道から上京してきたばかりであろうことがあり、歌詞の中に出てくる人物は一人となっています。
自分から不特定の誰かへ、もしくは自分へと宛てた応援ソングですね。
この楽曲のタイトル「青空に逢えるよ」は葉山陽和楽曲ではよく使われる天気ギミックとなっています。
これはゴールを青空に例え、そこにいく過程の困難を雨や嵐で表現するというギミックで、これはRISE時代の楽曲にも受け継がれています。
そんな意味でも、葉山陽和originalな楽曲となっています。
・名もなき花
こちらは未発表楽曲の方。
未発表楽曲だからか、葉山陽和の私信が満載の曲で、小鷹さんに対する気持ちが多く入っていたり、陽和の価値観を垣間見ることができます。
作中で初めて流れる楽曲なのに、最も落ち着いた曲なのが面白いですね。物語のテーマが再起だからでしょうか。物語の始まりではなく、緩やかに沈んでいる物語を表現してくいるのが面白いですね。また、ここで陽和と咲希の既に完成されている関係性を見せつけるところも含めて、アニメExtreme Heartsの導入の楽曲としても見ることが出来ます。
主題からずれてしまいましたが、本楽曲は葉山陽和を知る上では欠かせない大切な楽曲となっています。
RISE楽曲
さて、ここからはRISE楽曲となります。
RISE名義になると、これまで陽和自身のことをその視点で歌っていたところから、「誰かに伝える」という方向を強く意識した楽曲へと変化します。
そのため、楽曲の方向性は変わりますが、葉山陽和の要素はそのまま残っていたりするので、そこにも注目をしたいところです。
・RIise Up Dream
こちらはRise名義初めての曲です。
これまでの葉山陽和名義でのバラードソングからは脱却し、王道の歌になりました。が、アイドルソングにしては強すぎる、まさにシンガーソングライターの書いた曲。
陽和としては「自分の気持ちをストレートに出すだけでなくて、聞いてくれる人の笑顔の為に」として作っているのですが、自分の状況、気持ちをそのまま載せている所は変わらなかったりします。
そんな所は昔の名残を残しながら(どちらかと言えば抜け出せずにいながら)アイドルとしての1曲目を終えます。
ですが、RISEの始まりとしてはとてもらしい曲で、曲の強度としては同じ会場で歌っていたLINK@Dollの「Dreaming Soda」にも負けない曲に仕上がっている為、あの会場を沸かせる説得力のある曲となっています。
・SUNRISE
このアニメのEDで、象徴とも言える曲。
これはつまりSUNRISEという曲名は陽和が有名になっていくSUN(陽和)RISE(上昇)としても読み取れ、まさにこのアニメを端的に表現していると言えるからです。
また、神奈川大会後に作成したRISEのアルバムのタイトルはこの曲からとって「SUNRISE」となっており、いかにこの曲が大切にされているかがわかります。
そんな本楽曲は系統としてはバンドソングで、アイドルとは程遠い曲調となっています。
例えば、この曲のサビで聞ける『心の声感じて飛び出していくんだ』や『どんな時も』のギターフレーズはガールズバンドであるPoppin'Party(バンドリ)の「Yes! BanG_Dream!」や、同じくガールズバンド the peggiesの「グライダー」でも見ることができ、特にバンド的な要素を強く感じることの出来る曲となっています。
・大好きだよって叫ぶんだ
アニメ8話で披露された、初のRISE5人体制での曲です。
RISEの中では、ようやく完成したアイドルらしい曲とも言えます。
ここに至るまで3曲と考えれば、陽和が相当苦戦したと推察出来ます。実際、この曲はとある曲を参考にしたアイドル曲と考えることが出来、それをなんとか繋ぎ合わせて完成した曲と考えれます。
そのとある曲がLINK@Dollの代表曲「Dreaming Soda」。
「Dreaming Soda」の歌詞は切ない恋をテーマにしながらもその巧みな言葉遊びが楽しい楽曲です。
そして「大好きだよって叫ぶんだ」はそんな「Dreaming soda」の切なさの混じる恋というテーマを拝借して、そこに陽和の私信を入れることでRISE楽曲らしさを出した楽曲と言うことが出来ます。それにしてはRISE要素が強いので、どちらかと言えばRISE楽曲にアイドルらしさを足した曲と言った方が正しいかもしれませんが。
ここでテーマの恋と言った要素に注目してみましょう。
本楽曲は陽和の小鷹さんへの想いを依代に恋のテーマを書き上げているのですが、これがあまりにも陽和の感情が入り過ぎていたりします。
”河川敷” ”向日葵” と言う言葉に代表されるように、陽和の置かれている状況とお相手を連想するワードが詰め込まれていて、思わずニヤニヤしてしまいます。
その辺りを見ると、なんだかんだこの楽曲も陽和らしさの詰まった曲だと感じることが出来ます。
総合して、アイドルらしさをより挑戦したRISE楽曲といった評価となると思います。
それにしても「優しさだけじゃなくて強さも必要なんだって教えてくれたあの日」と言う歌詞は告白もう同然じゃないですか違いますがそうですか.......
・Happy Shiny Stories
これ、本当に葉山陽和さんが描きましたか?と思うぐらいにはアイドルらしい楽曲。
BEST4Uのインタビューではみんなの良さを伝えたい!と言う思いで作ったようです。確かに女の子の魅力をたっぷり表現出来る曲で、ソロVerはそれぞれのVerそれぞれの魅力が詰まっているのがGOOD。
ある意味、ここが終着点と言ってもいいかもしれない。
しかし、「全力Challenger」があるのでその話は次曲に持ち越します。
・全力Challenger
SUNRISEがExtreme Hearts1期の象徴する曲ならば、こちらは総決算とも言える楽曲。
曲調としてはシンガーソングライター葉山陽和らしい曲調で、そこにどこかほんのりとしたアイドルらしさも香る仕上がりになっている。
ここの「アイドルらしさ」はアイドルの中でも「キャピキャピした可愛らしい女の子」ではなく、「とりあえず体当たりして見る泥臭さ」と言うアイドルらしさです。
ここが面白い所で、正直なところ、RISEはアイドルを目指しているグループではなくて、あくまでも葉山陽和(歌)を担ぎ上げる為に「スポーツとアイドルをやっている」というアイドルなんです。
だけど、その過程というか、生き様がアイドルらしさを演出しているというのは面白いんですよね。
そんな、アイドルとシンガーソングライター性の融合。それから神奈川県大会の総決算。そんなてんこ盛りの要素を一つにまとめ上げた、まさにExtreme Heartsらしい楽曲であると言えるでしょう。
総括
今回はRISEおよび葉山陽和楽曲を通してRISEとアイドル性についてを追っていきました。
初めは葉山陽和の楽曲はバラード調の音楽性を持つアーティストで、おおよそアイドルとはかけ離れたアーティストでした。それが女子芸能人大会”Extreme Hearts”に出場する上でアイドルとして活動していくようになり、楽曲もアイドル味のあるものを目指してきました。
しかし、最初はうまくいかず、シンガーソングライターの書いた曲感は抜けませんでいた。(曲自体は強い)
しかし、それでも初めは歌詞を自分自身のことだけを歌っていた所から他人にも共感出来るようにと変化させていきました。そこにも苦戦はしていたものの、LINK@DOllの楽曲から参考を得た「大好きだよって叫ぶんだ」から次第にアイドルらしい曲を書けるようになり、「Happy Shiny Stories」でおおよそ全員にアイドルらしさを感じてもらえるような曲を書けるようになりました。
しかし、葉山陽和の音楽性がアイドルに染まった訳ではなく、アイドルらしさとはかけ離れた「SUNRISE」、「全力Challenger」のような新ンガーソングライター的な楽曲も多く書いています。
しかし、アイドルらしさを目指した楽曲にも葉山陽和らしさは残っていて、そこが神奈川県大会集大成の曲「全力Challenger」に繋がっています。
この「全力Challenger」は葉山陽和らしさを100%詰め込んだ楽曲となっていて、けれどその中にアイドルらしい香りの漂うものとなっています。これはRISEの曲名の通り”全力”で目標に向かって走っていく泥臭い活動がある種アイドルらしさが宿った結果だと考えられます。
このように、葉山陽和の楽曲は神奈川県大会を通し、色々な寄り道をしながらアイドルという要素と向き合ってきましたが、そこで自らの作家性を捨てるのではなく持ち続けることにより、シンガーソングライターとして成長することに成功しました。
そして、これは世間でのアニメExtreme Heartsの評価とも合致するように思えます。
Extreme Heartsは本当にさまざまな要素がごちゃ混ぜとなっている言わばイロモノなアニメです。しかし、この作品は主人公をシンガーソングライターに添え、彼女の成長過程を一貫して描き切ることで、この要素過多なアニメをまとめ上げることに成功しました。
これと同じようにRISE楽曲も、アイドルを葉山陽和のシンガーソングライター性を残し続けることによって最後には「全力Challenger」という楽曲にてその両立を成功させることが出来ました。
このように、Extreme Heartsは楽曲の面にも物語があり、また、作中では足りなかったアイドル要素が掘り下げられるので、改めて作品をみてみるとより深い視点で作品を見れるのではないでしょうか。
幸いというべきか、Extreme Heartsは楽曲に関してとても手厚く、全ての楽曲をサブスクにて聞ける他、「Dreaming Soda」以外の楽曲にはそれぞれソロVerも用意されています。(こちらもサブスクで聞ける!)
楽曲をお供にすることで、もう一度、Extreme Heartsについて振り返ってみてはどうでしょうか。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
2023年もいい年になるように願ってこの記事を終わりにしようと思います。
妄想ライブ感想 やなぎなぎ、逢田梨香子SpecialコンセプトライブTiered公演
こんばんは。Tieredの亡霊です。
亡霊過ぎてTieredを最高に引き立たせるライブを頭の中でもいいから作ってみたくて
書いてみました。
頭のてっぺんから足の先までTieredという楽曲に浸れる公演、見てみたくないですか?私は見てみたいので作っちゃいました。
- Tieredについて
- セットリスト
- イマジナリーライブ感想
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